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石屋さんのお仕事を中心に紹介しています。 (有)村田石材工業
本日の作業は石材の切断作業です。
ある程度の形になるまで、様々な切削機を使い、形を整えて
いきます。時間をかけゆっくり切っていきます。

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仲田源蔵について
さて、仲田源蔵について感単に説明します。
仲田源蔵は、天保13(1842)年金谷町に生まれ。身長180センチ、体重92キロ。17歳で江戸の商家へ奉公に出て帰郷後に家業の醤油屋を継ぎました。明治3年、大井川の川越え制度が廃止されると、身体ひとつで暮らしてきた川越人足たちも職を追われる事になりました。このとき、政府に川越人足たちの救済を嘆願した人物が仲田源蔵でした。県に対する嘆願では意味がないと感じた仲田源蔵は、御法度であるにもかかわらず自分の田地を密かに売って70両の金をつくり、政府に直訴するため東京に向かいました。必死の運動により、明治3年に島田郡政役所から丸尾文六、笠原八郎次、笠原甚四郎、鈴木徳右衛門他が開墾の世話人となるよう申し渡され、開墾の準備が始まります。あけて明治4年、金谷方東西荻間村、金谷方御林跡、島田方の三地区に川越人足への救助金が配分され人足たちの開墾が始まりました。川越人足だった彼らの血と汗と涙の開墾の末、今日見る牧の原大茶園の礎を築いたのです。牧之原開墾の歴史を語る上で忘れてはならない人物です。
参考文献 『牧之原開拓史考』

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【2009/06/24 00:48】 | 仲田源蔵を彫る 
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