石屋さんのお仕事を中心に紹介しています。 (有)村田石材工業
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完成したモニュメントを初めて見に来られた初老の女性は、
このモニュメントの寄贈者。

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じっと見つめながら優しく微笑んでいた。そして、ゆっくり
梟の頭を撫で始めたのです。きっと女性は、我が子とダブらせて
いたのだろうか。女性のお子さんは昔、交通事故で他界していたのだ。
まるで我が子の頭を撫でているかのように私には見えたのです。
供養の仕方はいろいろあると思いますが、これも一つの供養の
仕方なんだと考えさせられました。

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この度の事業に貢献できた事、また、温かい方達と出会い、
語ることができ、本当に有難うございました。
心より御礼申し上げます。
「これこそ出会い!そんな素敵な出会いに感謝します!」
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【2011/05/06 12:05】 | 慈母ふくろう
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中央の梟は、神奈川県産本小松石。可愛らしく出来ました。
そしてその下の文字、なんと井上蓉花氏の書なんです。
原稿に限りなく近く彫らせて頂きました。

工事完了後、我々は宴会の席に招待された。そこには、教育長、学校長など
長の付く方ばかりが見受けられた。
う…。私には場違いな場所だ。でも裏を返せばこんな事滅多にない。
人生の大先輩が言う言葉にはどれも重みがある。たわいもない会話から
でも心に響く事を言う。だが私は失敗をした。いつも必ず持ち歩いている
ICレコーダーを忘れてきたのだ。私の耳はダンボちゃんとかしたのだ。
これだけの人生の成功者であれば、自分の自慢や成功談議でも話すのかと
思っていたが、全く違っていた。しかも私のような若輩者に自ら頭を下げ、
握手を求めてくるのだ。ありがとう!ありがとう!と…。
なんでだろう?この方達には欲や自尊心が見えない。しかし、とてつもない
オーラを感じるのだ。聞けば皆さん大変な経験をして今の地位があるそうだ。
私も地位や名誉には興味はないが、この方達のような寛大な生き方には
相通じるものがあった。

【2011/04/27 21:31】 | 慈母ふくろう
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練馬区の教育長の実家は北海道にある。この石は実家の庭に
あったものを使用した。
100㎏以上ある石を北海道から静岡に運んだのだ。
驚いたのが、全く加工していないのに、すでに翼を広げているように
見えたのだ。ならばこのまま自然の状態をいかそうという結論になり、
土屋氏により目の周りだけを加工した。自然が作り出した石肌も立派な
芸術だ。ところがこの変成岩質の石、とてつもなく硬い、土屋氏の持つ、
石ノミの先が二つも破損、そして、Hメーカーの振動ドリルが全く歯が
立たない。今までこんな硬い石は見たことがない、まるで鉄の塊に穴を
開けているようだった。そうなるとこちらも意地でも開けてやろうと
躍起になった。ようやく10cm程度の深さまで開けることができた。
完成後、教育長の喜びは言うまでもない。何もしなければ捨てられた
石かもしれない。新たな地で生まれ変わったのだ。

【2011/04/24 20:00】 | 慈母ふくろう
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東京都豊島区池袋は梟の町。町のあちらこちらには、日本中から選び
抜かれた作家が建立した梟のモニュメントがある。
今回は、東京豊島区池袋第三小学校の敷地内に、25番目のモニュメントが
設置された。今回のモニュメントを製作・設置を任せられたのは、
島田市の作家 土屋誠一氏だ。土屋氏は、通称 ふくろうおじさんの名で
親しまれている。弊社社長 よしひこより、石彫刻の手ほどきを受け、
数年前より本格的に石の彫刻を始めたのだ。今回、2体の梟を土屋氏が製作。
梟を乗せる台座は弊社が担当させていだいた。このモニュメントには、
いろいろな方の想入が強く、とても涙なしでは語る事のできない物語がある。
4回に渡って綴っていこうと思います。

【2011/04/23 23:07】 | 慈母ふくろう
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